十和田乗馬倶楽部 代表取締役
上村 鮎子さん (かみむら あゆこ)
有限会社十和田乗馬倶楽部代表取締役。ウエスタン乗馬/流鏑馬インストラクター。青森県十和田市出身。2000年、第2子出産後に本格的に乗馬の世界に入る。03年、南部地方で伝承されている南部流鏑馬の師範に弟子入り。女性流鏑馬騎手の第一人者となる。
http://towada-joba.com/
十和田乗馬倶楽部
村井 純麗さん(むらい すみれ)
十和田乗馬倶楽部スタッフ。1998年生まれ、青森県十和田市出身・在住。三本木農業高校では馬術の選手として活躍。2017年秋に同倶楽部で実習生として働き始め、流鏑馬と出会う。18年、全国やぶさめ競技第12回遠野大会(岩手県遠野市)で優勝。
疾走する馬上から鏑(かぶら)矢(や)を射て、的に当てる「流鏑馬(やぶさめ)」。古くは『日本書紀』に記述があり、平安時代に宮中行事となって、その後に続く武士の時代には武芸の鍛錬に取り入れられました。現在も神事として全国の神社で奉納されていますが、女性が騎乗することはできません。
また、日本古来の馬術でありながら、「和種」と呼ばれる日本の在来馬を使っているところはあまり残っていません。
しかしここ十和田市では毎年4月、世界で唯一の女性騎手限定の流鏑馬大会が開かれます。その名も「桜流鏑馬」。十和田市中心部・官庁街通りの満開の桜をバックに、華やかな衣装をまとった女性騎手たちが見せる凛とした姿が観客を魅了し、来場者は年々増え続けています。しかも騎手が操るのは、十和田で生まれ育った和種馬たちです。
この大会を立ち上げ、先頭に立って活動しているのが、十和田乗馬倶楽部代表取締役の上村(かみむら)鮎子さん。
(上村さんと流鏑馬の出会いや人となりについては、灯台もと暮らしの記事 http://motokurashi.com/aomori-towada-towada-riding-club/20180801がおすすめです)
日本の女性流鏑馬騎手の第一人者ですが、馬を一生の仕事にしようと覚悟が決まったのは意外にもたった7年前のことでした。
7年前の2011年3月11日、東日本大震災が東北地方を襲いました。桜流鏑馬は4月下旬の開催です。
これは開催できないかなとまず思った。でも、県外から出場予定の女の子が3人ぐらい、連絡をくれたんですよね。『とにかく当日そっちに行くから。開催できようができまいが、お客さんが集まろうが集まるまいが、とにかく行くから』
同時に、自宅を津波で流された友人からも声が届きました。
『残ったのはバイクと俺だけ。家族もいないし行くところがない。桜を見に行きたいから、流鏑馬をやってくれないか』って。
そして、目の前には馬たち。当時、十和田乗馬倶楽部も存続の危機にありました。けれど馬は生きている。その命を生かすにはやるしかないと、上村さんは一念発起しました。
ぼんやり『やっていこうかな?』ぐらいに思っていた流鏑馬が『やるべきもの』になった。義務に変わったっていうか、自分で切り替えたのね。
その後、活動の場は全国に広がりました。2016年には桜流鏑馬が第20回ふるさとイベント大賞で最高賞・内閣総理大臣賞を受賞。18年には流鏑馬アメリカ公演も成功させました。馬と地域資源を活用した観光ツアーを企画したり、独自技術で改良した倶楽部の馬たちを「新南部馬」と銘打って、全国に売り出すブランド化も進めています。
けれど輝かしい実績はどれも、「私一人のものじゃない」と上村さん。
一応私が代表取締役だけど、実質はチームとして色々つくっているという感覚ですね。そのチームにもう一人、二人、新しい絵の具で色をつけてくれる人がいたら面白いだろうな。
上村さんは、倶楽部を運営する新たな仲間を探し始めました。
今回の募集では、おもな業務は倶楽部で扱う40頭余りの馬の世話と乗馬・流鏑馬レッスンのアシスタント。認定試験に受かれば、いずれは乗馬・流鏑馬インストラクターとして独り立ちできます。
現在のスタッフは正社員、パート・アルバイト合わせて9名。副業OKなので、ファストフード店スタッフ、新聞配達、ダンス講師…などダブルワークしている人も。10代から50代まで、性別も境遇もさまざまですが、共通しているのは「馬が好き」という気持ちです。
馬って、世界中で人とのつながりがとても深いし、歴史が長いんですよね。農耕馬も競走馬もいるし、馬の頭を彫刻した楽器や、馬具工房から始まった海外のハイブランドもある。だから生き物としての馬だけじゃなく、歴史好きな人とも音楽好きな人とも、ブランド好きな人とだってどこかでつながれる。その広がりが魅力だと思います。
そう話すのは、スタッフ歴1年にして全国やぶさめ競技大会優勝者の村井純麗(すみれ)さん。
三本木農業高校馬術部出身の村井さんは高校卒業後、食品関連企業に就職したものの退職。「プラプラしてた(笑)」時期を経て、知人の紹介で倶楽部を手伝うようになりました。
1日のスケジュールは、
朝9時から放牧と馬房掃除をして、昼休憩をはさんで馬体の手入れ、イベントやレッスンの手伝い、15時頃馬たちに食事を与えて、16時頃に仕事を終えます。馬に乗る時間を取りたいときは朝早く来たり、お客さんが少ない日や時間帯を見て、先輩に見てもらうようにお願いしますね。最近は先輩のレッスンを手伝うだけじゃなく、講師もするようになりました。
20歳の誕生日を待って、乗馬インストラクターの認定試験を受ける予定です。
生き物を扱う現場は力仕事。危険がつきまとうけれど、その分、喜びもひとしおです。
生まれて丸1日経っていない仔馬を今年の春、初めて見た時は感動しました。ミルクをあげたりして、もう可愛いです! サラブレッドのように人工的に品種改良された馬は人の手がないと出産できないんですが、ここにいる和種馬は勝手に産んじゃう(笑)。だから生まれるところは見られなかったんですが…。
一方、気を付けているのは「体調と生活リズムの管理」。十和田乗馬倶楽部では、流鏑馬をはじめとした祭りに馬を貸し出すのが業務の柱の一つ。東北各地の祭りに馬とスタッフが出張し、時には主催者と一緒に祭りの運営自体についても話し合います。4月~11月まで毎週のように出張が入るため、馬だけでなく人間の体調管理も重要になってくるのです。
これからのことを尋ねると、「将来の夢を決めなくちゃと思ってはいるんですけど…」と言葉を濁した村井さん。隣で見守っていた上村さんが、「決めなくてもいいんじゃない?」と明るく声をかけます。
決めなくても、誰かに必要とされていると自然とそっちに流されるからね。流されるのも一つの手じゃない? 私がそうだったみたいに。やっていくうちに見えてくることもあるんじゃないのかな。
目の前のことに夢中になるうちに、見えてくるものがある。
今回のスタッフ募集でも、事前に『こうあらねばならない』という決まりごとは設けていません。
馬のことは分からないけどギターは弾けるとか、ダンスが得意、でもいい。あなたが持っているものと馬とをかけ合わせたら何が生まれるかをイメージしながら、一緒に物事をつくってもらえる人がいれば嬉しい。
丹精込めて育てた馬を活用し、十和田を元気にする。
上村さんの志に共感する気持ちがあれば、乗馬経験の有無は不問。馬の温もりに触れ、自然のリズムで生きながら、自分の可能性を広げることのできる場が、ここにあります。
今回の取材場所
十和田乗馬倶楽部